2018年10月22日月曜日

フォワード論


昨日は、武徹太郎さん(馬喰町バンド)というひじょうに優れたミュージシャンに出会い、興奮した。世代も近いだろうし、刺激を受けた。共鳴、調和を越え出た才能の迸りさえ感じた。
帝王といわれたマイルスは一時、トランペットを吹かないでステージで踊っていたそうだが、並びなき者がさらに上を目指す悲劇がそこにある。佐渡山豊さんは他の演者のところまで少し降りて、つなげられる人。サッカーでいえば、ポストプレーができる。

ぼくはサッカーでは本来、フォワードで、中盤は走行距離が足りないからできなかった。それに中盤の判断力、サッカーへの深い理解はなかったから、前線のシンプルで緊急事態への対処、ゴールへの最短距離ということだけを専門にできた。
フランスでは草サッカーでセンターバックもやってみたが、素人範囲。やはりチームはディフェンスの形が基盤になるが、他の人に任せられれば攻めに専念できる。フォワードは楽しむという責任がある、ゴールという。

国際海運業の仕事も少し、見習いまでやったけど、フォワーダーという、運搬の道筋をつける仕事だった。先回りして手配する役目。これにはディフェンスの要素が大きい。物理ができないとできない仕事。ぼくには難しかった。

 フォワードというのは、チームの中で、花形なのだろうが、華やかなだけがフォワードではない。本能の迸りだけでもない。緻密な計算が短時間でできないと、ゴールまで行けない。判断力とパワーが両方いる。正直、他のポジションのことはよくは分からない。集中力というのが大事になってくると思う。創造性、大胆なパスというのも、中盤より前で受け手、出し手としても必要になる。
 

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