2018年9月7日金曜日

ジンバブエのンビラ(親指ピアノ)奏者、ガリカイ・ティリコティさんの音楽と語りについて



法悦と苦の意識 ンビラ音楽・体験 -

I tried to listen deeply to what music says,
Without noticing what words you sing,
And I fell asleep while I was into the music,
I noticed black and red insects which glitter in lights like gold, coming into my nose and ears.
I find it must be core part of your music, richness of what those insects show, which wouldn’t stop buzzing.


 ガリカイさんのCDを聴きながら寝落ちしていたら、
  
法悦と儀式の中にありながら、

 耳の中にも口の中にも
 火に燃えたような虫が入ってくる、這いずり回る、
 そういう夢を見た。
 法悦のなかの煩わしさか。

  これが多分、ムビラ音楽の本質、

 法悦と苦の意識、思惟、ノイズ
 即ち燃え盛る赤土色の虫、なのだ。
 苦を孕まない楽はない。
 音は楽でありつつ、苦なのだ。
 短調、長調、なんてぼくは知らない。
 だけれども、楽には苦、ノイズがある。
あなたの敵は俺じゃない、俺の敵はあなたじゃない、
お互いのなかにあるものじゃないか、と佐渡山豊さんは喝破した。
己にもあなたにも苦はある、この共鳴。
それが音楽ではないか。
 
  
ガリカイさんの歴史観

 次に、ガリカイ・ティリコティさんについて、少しインタビューしたことを書く。ガリカイさんの歴史観について、である。歴史意識、ルーツということ、これに限って話を展開してみたい。無論、そこに音楽も絡むのではあるが。
  始めに、釈迦の「過去に足をとられるな」という言葉について意見を求めたところ、ガリカイさんは、先祖の歴史を知ることは不可欠だとおっしゃった。自分が年長者たちから伝え聞いたことを、年長の子供たちに伝え聞かせなければと。それは、ジンバブエにガリカイさんの家系が来る前、現在のモザンビーグ辺りの狩猟民(ハンター?)が今のジンバブエの土地に移り住んで、その優秀な働きによって土地を与えられた、といった伝承。あるいは、白人が来る前、そして白人が来た後の奴隷交易について、それらを白人側の歴史記録からではなく、ジンバブエに住んでいた黒人の側からの伝承と記憶、である。

 ガリカイさんによれば、精霊によって、それらの伝承はガリカイさんに伝えられ、また他方で年長者からの物語、歴史としても伝えられたということだ。
 私の質問は、一つの危惧として、その口承伝達を文字化すればどうなるか、ということだった。例えば、アイヌのユーカラのような「口承文芸」伝道者が文字を覚えることによって、その記憶を失ってしまったという例を聞いたことがあるからだ。
 ガリカイさんにその話をすると、
 「自分の歴史は決して間違えない」ということを再三おっしゃった。それはルーツと精霊に深く根ざしているから、忘却されたり、間違えたりはしないのだと。

 私なりに整理をすると、年長者から物語ないし、歴史として語り聞かせられる部分と、それを精霊との交流のなかで、体感、肉感する部分と両方あるのだろう。




 ガリカイさんのお話、-伝統と共にモダニティを越えて-

 ガリカイさんのおっしゃるには、日本の先祖たちの精霊というのは、ンビラという祈る楽器、または「電話」の古語でもある物を鳴らしていると、話かけてくるとおっしゃる。自分の子孫に伝えたいことがあって、とても強い精霊だということだ。そして、空中を舞うように巡回しているような精霊たちも、その子孫を包むように、覆いかぶさるように、また後ろに支えるように重なって行くという。
 また神社、あるいは大小のお寺で、伝統を大事に伝えていること、そのこともとても大事だというお話でした。
 そのことから何が見えてくるか、さらにお話をうかがうと、私の方から先日読んだ、プロメテウスの火の神話をお話させていただきました。つまり、日本人は西洋からその文明の火を持ってきたのだが、その火をどう使っていいのかわからないのだと。ガリカイさんは、少し笑って、「大きなミステイクだ」伝統を忘れてしまうことは大きな間違いだ、ということをおっしゃいました。モダニティ、近代は便利だし、いいものかもしれないが、それだけで自分たちの伝統を失ってはならないのだと。日本人の老人たちが伝統を子孫に伝えることの大事さ、それを怠ってはいけないことを、聞きました。つまりは先祖をお盆で供養したり、そういう時間を失いつつあるような東京など大都市の有様、モダニティが全てではないのだと。
 全ての話をその場から再現することは難しいのですが、ガリカイさんの日本へのメッセージは、祖先の精霊の力がとても強いこと、伝統を大事に老人たちから聞くことではないでしょうか。
 「日本人は皆、大きな家族のように、一様にどこに行ってももてなしてくれた、感謝している」ということもおっしゃっていました。そのことは私もうれしく思います。
 ガリカイさんのお話から我々は、日本での新たな再出発、前に進んで行くことができるのではないでしょうか。



アフリカの知恵について
 
アフリカの知恵、経験というのはなかなか見えないようにされてきた、というのが私の感想です。ジンバブエはイギリスの、言語的な影響も含めて支配が400年続いたにも関わらず、それ以前の伝承も含め、ンビラの曲、歌にも、経験が語り伝えられています。ガリカイさんのンビラも、千年を越える伝統のなかで培われてきた何かで、それは歴史であり、また、祈り、伝承です。あえて、mystic秘教的な、神秘的な、魔術的な、という表現を使いますが、生きていますね、その知恵にはいろんな過去の伝承が。二十歳の頃、自分はソルボンヌの書庫の古書群を見て、これを全部読むことはできないと、圧倒され、自分が西洋の学を続けることが氷山の一角に過ぎないのを思い知らされました。しかし、それに400年、抗して生きてきたジンバブエの人たちの知恵と経験を学ぶには我々はあまりに、西洋に対してウブである、ということを思います。ガリカイさんの生きた知識・姿には、西洋以前から脈々と受け継がれたアフリカの知恵が活きていて、それはやはり日本仏教の経典の山や、ソルボンヌの書庫などにも劣らない蓄積の為せる業です。
 ガリカイさんは、老若男女、肌の色、民族による違い、差別はないとおっしゃいます。我々の祖先が、我々に伝えなかった伝統を伝承すべきであると。ンビラを弾いていると、守護霊のような私たちの祖先の霊、精霊が見えるということでした。これは近代西洋の範疇を越えて、ガリカイさんにはありのままに見えているのだと思います。幻覚・幻想と片づけるにはあまりに確かな語りなのです。
ぜひ、皆さまにも、ガリカイさんとの時間を共有して欲しい、そう願っております。





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