2018年7月8日日曜日

「哲学って何ですか?」にどう応えるか



今まで全く哲学に関心を抱いたことがない人に、「哲学って何ですか?」と聞かれたことで、捨てたはずの哲学が戻ってきた。
 小学6年生は、「善と悪ですか?」と。管理栄養士さんも「哲学って何ですか?」と同じ質問を期待を持ってしてくれた。
 ぼくにできたのは、哲学の現代社会における無力を説明することだけだった。小学生には、「考え方の道具を準備するだけで、善悪といった大きなことを説明することではないんだ」と。これが自分が30歳のときのこと。昨日は、科学と哲学の関係をベテランの栄養士さんに説明を試みた。
 正直、質問してくれる、ということに考えるきっかけがあった。哲学、自分への本当の需要があるとき、というか。
 これは本を黙々と30歳まで読み、35歳まで何となく過ごしていたときにはなかったこと。
 哲学を小学生、中学生にじかに解くことはできないんだけど、ほんの少しだけ、砂金のように授業にも哲学はあるんだな。その砂粒ほどの砂金を探して山に、川に分け入る人もいるけど、通常それは山師というんだ。
 ただひたすらに生きている人に、哲学は要らないと思うし、長嶋茂雄の野球哲学の方が数層倍も意味があるかもしれない。
 だとしても、崖に墜ちるための哲学に19歳から35歳までは、その道に自分は専心、「洗脳」されてきたわけだ。
 しかし、そのことは無駄ではないと、昨日、栄養士さんが言って下さった。
 何かに熱中した分だけ、そこで苦労をしたり、成長を確かめた分だけ、「人間力」といったものは高まるのではないか、というようなことを言って下さった。
 昨日はそういう話ができた。

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