2017年6月19日月曜日

「保養」の政府によるバッシングのなかで、空間線量基準の問い直しは時代遅れなのか?

 
 痛い腹は探るな、治療法はないのだから。メルトダウンに対する政府の姿勢は常にそうではなかったか。
 治療法がない、というのは政治家も医者も知っているものの、職務として、治せると言い続けている。
原発という癌が勝ったのである。
痛い腹も探ればもっと悪くなるかもしれない。そういう状態がずっと続いている。
あとはモルヒネとしてのオリンピックで苦痛をそらすのみ。
根本治療が幻想だとしてもだ、治そうという意志は政権にあるのか?
アベノミクスって何だ?
やぶれかぶれの消費が景気回復に見えても、かなり体全体に病巣は広がっているのかもしれない。

 西中誠一郎さんの講演のなかで、まず頭に叩き込んでおきたいのは、被災移住者への住宅補助が2017年3月31日にストップしたこと。
 そのことが意味するのは、被災者で福島近辺から逃げた人たちは、自己判断と自己責任によるものと説明され、そこには政府、東電の責任が追及されないこと。
 それに対して、西中さんが前復興庁大臣を記者会見で問い質したこと。このことがまず頭にある。
 
 そして、「保養」というのは、福島近辺から出ることが健康によりよい環境であるという事実に基づく言葉である。未だ制度化されず、それどころか、握りつぶされようとしている「保養」という言葉を巡る、行政、教育委員会、福島県、国などの政治的思惑は、実は除染によって健康被害は避けられるという「基準」によって左右されるポリティクスでもある。ここでも重要なのは、科学的誠実さがどの程度守られているということではないか?
 この問題、空間線量や地中の線量の測定に関する、チェルノブイリ等との比較の実際、これは以下のサイトに情報があると、情報を得た。

 http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/

 原発問題は難しすぎてその全体像を描き出すことはなかなかできない。
 それでも、書いていくうちにヒントがあるかもしれない。
 それを念じて、考えたいときは考える。
 

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