2016年10月1日土曜日

スカボロー市(散文詩)

Scarborough Fair

Are you going to Scarborough Fair?
Parsley, sage, rosemary and thyme,
Remember me to one who lives there,
For she once was a true love of mine.

Tell her to make me a cambric shirt,
Parsley, sage, rosemary and thyme,
Without no seam nor fine needlework,
And then she'll be a true love of mine.

(スコットランド古謡)























イワタコーヒー

肘を床にぶつけた痛みで自分の焦りにブレーキがかかる、高校時代の部活のように。走る切迫さより歩く速度でせかついている、電車に乗らず一駅歩いてみる。そうしてぼくは家に帰ってきた、風も雨も、歯ぎしりしながら、いくつかの思い出を燃料にして。アルタンツェツェグという石油のような酒を呷って、テレビの黒い画面を見ていた。いくつかのグラスかガラスの思い出-火酒-肝臓をこなしながら、十分に酔った。
骨が軋むとき、縦横無尽に走っていた頃、待っていればセンタリングが来た頃、まだダイヴィングヘッドができなかった頃。無尽蔵に動いていた頃、旅でかわいがられた頃、ひねった腸、朝焼けのイタリア。

「ぼくは説明しないんだ、そういうことは生きることに反する、少なくともぼくの場合は」
新しい物語を求めるKはカフカの孤独に嫌気がさしていた。
彼とぼくの間はあと何センチメートル?古い歌を思い出してコーヒーを淹れた。

鎌倉駅近くのイワタコーヒーで味のわからないパンケーキを眺めては庭に目を流す。あのアイスコーヒーはテレビで彦麻呂も飲まなかった、そういう変哲のなさをぼくは愛した。  超現実主義(シュールレアリスム)ではない目の前の曲がり煎餅屋にぼくは眺める、本当の味を。語れないことこそ、人を絵巻の旅客にする、従来の方法でタウンページで予約する。
工事中の橋を渡って、ミッドタウンに歩み出る、ここがトゥールーズじゃなくても薔薇窓の街、机の上でぼくは船を漕いでいた。

子どものときは自由帳をいち早く車の形で埋めたがっていた。今でもぼくは白紙にたじろぐ羚羊のよう。全ての旅と流れた年月は交じり合い、離れ、写真になり、選ばれては、時々、燃やされる。

ジュゴンを救ったのだと、Kは言うのだが。短文詩を電報で送ってKも息を吐く。報道はまだまだ暗号を解読できない。どの言葉の中にも、虚字が迷っているのだ。


 


 三つの歌

小田急線。人の声が混ざって何も聞こえなくなるまで。部活帰りの空腹と大学デビュー、エロマネージャーについて。ぼくは『蓼喰う虫』を読みながら気持ち悪い大人の世界に耽溺しようと試みる。会話と読書、どちらが空間の中で強いのかという毎日の実験。


金がないときに人を助けたいなんて
心もないのに似て
ぼくのこの足につけた地じゃなくて
地につけた足

あした葉のサラダ
明日のない今日

 

自分の選んだ監獄の色は何だ、と泥のようなコーヒーをぶちまける。こうして馬小屋の壁も白に色を加えた。漆喰のようなトロリとした甘み、壁際に撫でてみる。魔封じの札を即席で書いてピンで留めてみる。階上の老婆は文化摩擦でキヒヒ、と笑う。パリのアパルトマンで9.11が繰り返す。何度も何度も。ゴミも分別しない、ビール瓶と紙袋の雑居。
Tシャツを脱いでみる、下着に手をかける、またシャツを着る。東京の夏が退屈に悲鳴をあげていても、ぼくはこの空白を、熱を避けてまどろんでみようか。それならそれでいい、とぼくは思う。イラッ、ときてもスイカに箸をぶっささない、ただシャナリ、シャナリ、と喰う前に、トントンと俎板を鳴らす。器用な物語を書き上げたKは、それでちょっとしたアパルトマンを手配した、階段を上がる青年もキヒヒと笑う、やつらはアメリカだ、アメリカは広い、広いはKの額。バティストュータがアラブの国に移籍してから、サッカーにアッラーがやってきた、あっらー困るわ、と主婦は言い、ラジオが毀れたように一人喋り出す。冷房の効いた部屋の真ん中で愛を叫ぶ、叫べばいいってもんじゃないか?横丁のおてもやんに聞いてみよう。完全に混乱した脳で街に出る、それを中和するために、どうでもよくしてしまうために、適度な買い物が世の中の恨みを晴らしてくれるように。



人は
人を利用すればいい
人のためにとか
人に優しくとか
人が喜ぶとか
人のことばかり
等しく考えないで
人並みにやればいい

等しくないものを
人並みに叱りつけ
人らしくしろだとか
人気ないところで
キスしたり 殴ったり
そういう人並みの生活が
ぼくにはヘソで茶を沸かすみたいだ

一青 窈でも聴いて
一度 タバコ吹かして
二度 涙流して
一途 歩めばいい


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