2016年2月27日土曜日

Yamatane Museum, in remember of visiting with Katia.


It been 2 year since I went to Yamatane Museum with my friend Katia and Kawashima san. When Katia came to Japan I have asked my friends where to go and see and this is the place Kawashima san made plan to go together.


 Since Katia came to Japan with her enthusiasm to the painter in Edo, Jakuchuu, I have looked for all the exposition in Japan of time she visited Japan so that she can enjoy.
We had a good time looking over Japanese art scene together, things I didn’t know and Katia showed me good navigation and critics over Japanese art works.







However, it is now that we started plenty of exposition of Jakuchuu inner Japan, 2 years ago it was in London the big exposition.

Today I visited Yamatane Museum in grace of my friends who let me know this place, and made my habit to see good art works in Japan.

Merci, Thank you, Arigato!

2016年2月21日日曜日

モンゴルとカザフの音楽、交歓!武蔵野公会堂コンサート雑感。




今日、馬頭琴を弾いていたゴビ出身のネルグイさんは、耳の人だという。耳だけで、馬頭琴を独習したらしい。
 言語を越えて、モンゴルの人と分かり合えるかもしれない、そういう希望を演奏の最後には感じることができた。
 


























他方、モンゴル在住のカザフ人は12万人くらいいる、とクグルシンさんに聞いたのだが、モンゴル語の数詞が聴き取れず、英語で教えてもらったからだいだいの数は合っているか?これも、心許ない。
 モンゴル語という言語をもっとできるようになることは大事なことだけど、それにこだわりすぎていて、いつまでも何もできない、という意識に囚われていたのもあると思う。
 ネルグイさんの最後の歌、ゴビは良いとこ、一度はおいで、的な歌に誘われる気持ちはあった。本当に気持ちのいいお二人。
 クグルシンさんの音は、お医者様でもあることをどこかで意識して聞いていたが、中庸のなかに音による気持ちの高揚がそこはかとなく感じられてくるのが心地良かった。
 























モンゴルとカザフの出会い、それについて自分は全く知るところがなかったが、新たな視野、視点が開けた意味で、自分にとって良い誕生日が迎えられた。

とりわけゴビの空気、ラクダの表情などを音に表現し、感じさせてくれたこと、自分の思考と病について、それを音のなかで反省し、幾分か考察できる時間があった。それはもう、クグルシンさんの音にも何か、浄化と高揚の両方が備わっていたように思う。

ネルグイさんの自由な我流の音と穏やかさに惹かれCDを買ったが、クグルシンさんのお人柄と音にも、少しずつ惹かれるものが後々ある。

















      

最後に自分のことを少し書かせていただくと、東京外国語大学の学園祭に高校3年生の時に行き、そこでお話をさせていただいた先輩、西村幹也さんと、学生時代以来、実に16年ぶりくらいにお会いでき、改めて、自分の道筋のなかでモンゴルがどこにあったのか、どこからどこへ向かい、そこに行ったからって、またどこに今後行くか分からない、というカザフの歌も聴かせていただき、やはり良い解説をいただきながら司会のありがたさも感じました。
自分としては、早く音が聴きたいという気持ちがありながらも、西村さんの解説によって音の背景を知ることができたのは、コンサートの余韻としては良かったように思います。
Ih bayaralla! どうもありがとうございました!



 

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