2015年9月7日月曜日

祖先への問い:ガリカイさんのヒストリー観



 ガリカイ・ティリコティさんについて、僭越ながら、誰にでも書けることを書くのすら簡単ではないが、少しインタビューしたことについて書いてみたい。ガリカイさんの歴史観について、である。歴史意識、ルーツということ、これに限って話を展開してみたい。無論、そこに音楽も絡むのではあるが。
 
 釈迦の「過去に足をとられるな」という言葉について意見を求めたところ、ガリカイさんは、先祖の歴史を知ることは不可欠だとおっしゃった。自分が年長者たちから伝え聞いたことを、年長の子供たちに伝え聞かせなければと。それは、ジンバブエにガリカイさんの家系が来る前、現在のモザンビーグ辺りの狩猟民(ハンター?)が今のジンバブエの土地に移り住んで、その優秀な働きによって土地を与えられた、といった伝承。あるいは、白人が来る前、そして白人が来た後の奴隷交易について、それらを白人側の歴史記録からではなく、ジンバブエに住んでいた黒人の側からの伝承と記憶、である。

 ガリカイさんによれば、精霊によって、それらの伝承はガリカイさんに伝えられ、また他方で年長者からの物語、歴史としても伝えられたということだ。
 私の質問は、一つの危惧として、その口承伝達を文字化すればどうなるか、ということだった。例えば、アイヌのユーカラのような「口承文芸」伝道者が文字を覚えることによって、その記憶を失ってしまったという例を聞いたことがあるからだ。
 ガリカイさんにその話をすると、
 「自分の歴史は決して間違えない」ということを再三おっしゃった。それはルーツと精霊に深く根ざしているから、忘却されたり、間違えたりはしないのだと。

 私なりに整理をすると、年長者から物語ないし、歴史として語り聞かせられる部分と、それを精霊との交流のなかで、体感、肉感する部分と両方あるのだろう。

 Dear ancestors,
  What were your life?
  What were your love?

ぼくは自問したいというより、先祖に問いかけたいのだ。

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