2015年7月13日月曜日

「日本の韓国研究への期待」(池明観先生講演、抜粋)


     不完全ながら、備忘のために、池明観先生の語りを再構成できる部分はしました。
(東和史)

歴史とは盲人が語る巨象の姿ではないか、足かと思えば胴であり、胴かと思えば足であり、と。
HistoryHistoriography, 実際に起こったことと、歴史の叙述(年表を少し詳しくしたもの)の違い。悩みの中にいる民衆に「あなたの書いた歴史は本当の歴史ではない」と言われるのではないか、という懐疑を持つ、と。
1972年、40代で日本にいらした池明観先生は、歴史ではなく、感想文を書いてきたとおっしゃる。当時からして、正しい朝鮮の歴史は書かれていなくて、量的に少ないだけではなく、支配の息吹のかかる朝鮮史ではなかったか、と概観された。
 1979年の『韓国文化史』、そしてその後の『韓国近現代史』、辺境の国としの朝鮮、韓国を、元々は哲学を学んでいらした池先生は、日本に来ることで歴史への意識をもたれた、という。通史的な著述のなかで自己主張をすること、日本にいることの意味を確認されたのだ、とおっしゃる。
人の言葉を借りれば、「未来にしか希望のない国」(サイナンゼン)韓国、そして朝鮮か。
韓国史の特異な世界史的役割を、灯火管制の下である韓国で考えるよりも、そこを離れて勉強したい、日本において分断された国を尋ねることができるのではないか、と。
それまでの朝鮮史は日本統治の告発に集中する史学であり、韓国史は韓国史なりに情報のギャップ等の苦難のなかで、悩み生きてきた皮膚である。

大きな見方をすれば日本は平将門以来、「武」を標榜してきた国であり、朝鮮は文の社会である。やがて近代に入り、支配、日本の弓に対する批判と、後進国の国民としての悩みを感じるところであった。

中国がstatus orientation、肩書きによる価値付けの国であるなら、日本はどうであろうか。韓国の民主化への日本人の支援は、ベトナム戦争への反対から、韓国の問題へと転換されたように思う。日本は内発的に個人も含めて何かを起こすことは少ないが、外の世界に何かがあると、内に抵抗を及ぼすことはあるのではないか。

韓国現代史60年を概観すれば、世界史と関連なく起こした民主化ではない。単に自国、自己の運動として書こうとしているのではないか?という批判がある。世界史的連関を忘却してはならないのである。
E.H.カーの言葉を繙けば、過去に問いかけ、過去からまた戻ってくるものが歴史だ。
民族、世界のなかで、南北だけではない、自己でないものを敵としない、友情から歴史を書く。そう、池明観さんは概観された。

比較史学、という言い方があるのか分からないが、比較史学的な姿勢が大事になる。
日韓条約を考えると、締結された頃はソウルの街には催涙弾が打ち込まれたスモッグのなかで、近代国家の暗いやりとりが行われた。日本側も見苦しいほどの国家主義で締結したのが、日韓条約である。平和なアジアというヴィジョンはなく、支配と抵抗のナショナリズムであった。
比較史学、語り合う歴史。平和を求め、お互いの長所、短所を叙述し、丁寧に読み解いて行くこと。それは政治権力の狭い想像力がせいぜい任期の5年を考えているものであるのに対して、100年の人類的ヴィジョンを持たなければならない。
東アジアの激動のなか、北朝鮮の問題、課題も目前にあるのだ。


 (以上)

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