2015年6月9日火曜日

フィヒテにおける言語ナショナリズムを解剖する‐諸外国語への擁護(論文)

 


はじめに
これがわたしの生まれた故郷 モンゴルのうるわしき国
                   (ナッツアグドルジ、モンゴルの詩人)
 なぜ発話、言語があるのか?
 そのことが気になる。伝達に言語はどれだけ必要か。
 例えば恋愛も会って二秒で決まる、ということもある。
 言葉ではない。
 言葉はだいたい後から来るダラダラした音楽みたいなものかもしれない。
 意味もあるがまず音ではないか?
 最初の直観、感情が大事で、
 言語で説得されること、論理で説得されることはぼくにはないように思える。
 
 一瞬で思い知ったことと、その後の言葉。言葉にならなければ本物ではないかもしれないが、知ることもまた言語を超えているだろうか?
 感情が伴う必要がある。言語学にはおそらくこのことは分析できず、哲学でもある種の神秘性が重要になってくる。


           


序論

 国民国家により締め出しをくう者達がいる。なかでも「第三世界」ナショナリズムではなく、「先進国」においてのナショナリズムによる「城塞化」の手法を分析しよう、というのが大きな目的である。しかし、このように書くことは、予め全てのナショナリズムを、またナショナリズムの全てを悪しきものとして描くことになるのではないか。仮に「第三世界」におけるナショナリズムは容認できても、「先進国」におけるそれは容認できない、という感覚を抱いているとすれば、それは経済的な格差・排除のみに留まらず、社会的格差・排除、旧植民地と旧宗主国の間での継続した歪な関係を意識しているからではないか。
 また西欧における「城塞化」というのは、現代においては、市民権を巡る議論として出発した。移民の統制において、市民権を与えるか、与えないか、という社会権の問題を扱うことが先決である。
 しかし、現代において「城塞化」と呼ぶプロセスが進行しているにせよ、その起源は国民国家成立、あるいはそれ以前にまで遡れる巨大なプロジェクトであるだろう。そのことを歴史に即して、細部に渡り検討することは本稿の目的ではない。
 よって、本稿ではまず、国民とは何か、近年の研究に即して検討することに限定し、今後に向けた理論的準備を行う。その際、フランスのルナン「国民とは何か」、ドイツのフィヒテ「ドイツ国民に告ぐ」の二つの歴史的テクストに関する先行研究に即して、国民とは何か、仔細に検討したい。
 なかでも、言語と国民国家の関係性を明らかにすることを主眼としたい。これは一見、ルナンの人権を軸とした国民概念よりも、言語を軸としたフィヒテの説を取るかのようであるが、問題は、フィヒテかルナンか、ドイツかフランスか、ということではないだろう。
 このことについては、多言語主義を巡る研究の蓄積からも、二者択一的な言論は控えたい。むしろ、この言語、という迷宮においてこそ、「城塞化」は進行しているのではないか、という仮説を立てて検証してみたい。

 







 


1節 なぜ人権ではなく言語なのか?
 
 国民概念を検討する際にJ.ロマンは以下のように、国民概念が十分に定義されたものではないことを指摘している。

 
 政治学や政治哲学の側に助言を求めようとする者を一つの驚きが待ち受けている。十九世紀    および二十世紀の政治に関する諸概念のうちもっとも実効力もつ概念、もっとも危険な概念であり、もっとも強靭なものであるこの〔国民という〕概念はほとんど体系的な研究の対象とはされなかったのである。…

 ロマンは『二つの国民概念』によって、ルナンとフィヒテの国民概念の比較を試みる。一方で、国民についてのルナンの観念は、現代の民主主義的個人主義と合致した、主権に基づいた契約による「選択的な」国民概念の表現であると見なされている。他方、フィヒテの国民概念も、「いかにして純粋に種族的な考え方が同時に教育に対する要請を支えとしているのであろうか」という問いを喚起する有機的な全体性(全体主義)、即ち伝統主義的な「ホーリズム」の表象であると限定されるものではない。ロマンは以下のように二人の差異の単純化を避けている。


 かりにフィヒテとルナンの国民についての考え方の対立が、彼らのテクストの読解において鮮明になるとしても、単純にホーリズムか個人主義かという対立の観点から二人のテクストを読まねばならないかというと、ことはそれほど自明ではない。また同様に、この対立を単純に伝統と現代性の対立と理解することもできない。


 同様に本稿での目的はルナン(フランス)とフィヒテ(ドイツ)の歴史的文脈を含めた議論の対立点を探ることではない。各々の議論を通じて国民概念を規定している多様な要素を洗い出すことに本来向かうべきである。本稿ではそのなかでも、言語に焦点をあてることでどのような問題が見えてくるだろうか。
 
 
 


2節 言語による国民概念の定立について、絆の言説

 バリバールは論考『フィヒテと内的境界』において、フィヒテの国民概念における言語の特別な位置付けを指摘している。「民族を作るのは領土ではなく、人間が我が身に携えている言語である。国民の一体性は、ただ人間相互の間で生きられた絆の質にのみ存在するから、生態学的ではなく人間学的なものである」。また、「生ける言語は連続的に用いられ、そのことでそれ自身の歴史を自らの内に摂り集めることができる。生ける言語は民族のさまざまな階級の間での直接的なコミュニケーションに基礎を」おく。
 このように言語を媒介としたナショナル・アイデンティティは、生態学的な人種概念を超えたものとしてフィヒテによって、提起されていることに注意しなければならない。
 ルナンが「われわれの政治は国民の法=権利で、あなたがたのは人種のそれです。」と呼びかけた相手はフィヒテではなく、別のドイツ人であるが、フィヒテは、言語においてこそ、人種以上のものを読み取ろうとしている。
 
 
 資源的な言語をいまも話続けている人々がかつてどの種族に属していたかということではなく、この言語が途切れることなく話され続けているということ、ひとえにそのことだけが重要なのです。


 ここで「資源的な言語」と述べられているのは、ドイツのフランスによる被占領下という時代状況において、ドイツ語がフランス語などロマン諸語よりも、古語をより正統的に受け継いでいる、という主張がある。この主張に対してルナンは直接反論したわけではない。しかし、「過度なまでに判然と人類を人種に分割することは、真に純粋な人種を有する国は極めて僅かであることから言えば、そもそも科学的な誤りであり、絶滅戦争や、こういう表現ができるなら、‘動物学的な’戦争へつながるものです」、と述べた点について、フィヒテにおける言語と種族の概念にいかなる関係があるだろうか。
 バリバールは、「ある民族を一つの民族たらしめるものの内には、確かに根源性=始源性(l’originaire)への絆が本質的に存在する。だが、この根源性民族の経験的存在ではなく、言語的な起源に対する民族の実践的関係の効果に他ならない(傍点、バリバール、太字、筆者)」、と述べる。つまりドイツ人という存在によって、ドイツ人となるのではなく、あくまで言語的に起源へと遡るその実践によって、ドイツ人となる効果が認められる、ということだろう。
具体的にドイツ語と同系統諸語の関係について、バリバールは、以下のようにまとめ、考察する。

 
ドイツ人と、ゲルマン人を起源とする他の民族との間に彼が刻む対立は、彼らのそれぞれの言語の組成や性質(Beschaffenheit)によるのではなく、「一方が固有のものを保持しているのに対して、他方が疎遠なものを受け入れたという事実だけ」(第4講演)に、換言すれば「純粋性」と「混淆」という事実によるのである。

 ここで、やはりフィヒテがドイツ語の優位性を語っているのは確かである。また第4講演を通じて同様な主張がなされていることにも着目しなければならない。しかし、「生きたものに作用するのは生きたものだけです」(第3講演)と語っているフィヒテにとって、「それ自身生ける民族が生ける言語を作り、生ける言葉が民族の言語に生命を与え、民族そのものを生かす」というバリバールの言葉は妥当であろう。
 このような人間、民族と言語の相互作用について、さらにバリバールのまとめを引用すると、
 
 この人間は言語によって「作られ」はしない。彼は根源的ないし真正な仕方で言語を話すことで、換言すれば言語を無限に変容させ、言語の限界を現に存在するものの彼方にまでもたらすことで、観念を生命の中に浸透させる。(傍点、バリバール)

 
 ここでいう、「現に存在するものの彼方にまで」というのは、フィヒテの用語に従えば、感覚的認識に対する、「超感覚的」なものであろう。フィヒテの講演のなかから説明を拾えば、「この超感覚的部分は、絶えず生き続ける言語においては、国民の従来の全生活から恣意的でなく必然的に生じてくる概念を規定するために、その一歩ごとに言語のなかに貯えられた国民の感覚的、精神的生命の全体を総括しながら、象徴的に存在してい」るものである。だが、これでは超感覚的なものそのものへの説明にはなっていない。やはり、「現に存在するものの彼方にまで」、というバリバールの説明が妥当であろうし、この「超感覚的なものの表現はすべて、表現する人間の感覚的認識の広さと明瞭性に従います」ということからも、個人の表現力の幅、さらには諸言語における表現力の幅の「優劣」に、フィヒテは言及する。

 だがここに至って、フィヒテへの不同意を感じざるをえない。あらゆる言語には優劣がない、という信念を受験者が持っている以上、そしてフィヒテがドイツ語の優位を説く言説にはそれなりの科学性があると思うものの、生きた言語、死んだ言語という二分法はまだしも、「新しいモードに過ぎない言語と伝統に根ざした言語」という分類にはやはり、恣意性を感じる。また実際そういった「科学性」が成立したからといって、それがどうというというのであろうか。フィヒテは少なくとも他の生きた他の言語についても共感を抱くべきであるし、また他の言語への批判には痛快な思いがするものもあるものの、具体的にはどの言語について語っているのか、特定できないものもある。おそらくフランス語に対する言説ではないかと思うが以下のような批判、罵倒もある。

 
 …そのような民族の哲学は、たんなる辞書の説明であるか、あるいは我々のなかの非ドイツ的精神の格調高い表現によると、言語のであるという自覚に安んずることとなり、とどのつまり、そういう民族は、たとえば偽善に関するつまらぬ喜劇形式の教訓詩を最大の哲学的作品と認めるに至るということです。

 
 ここで仮にドイツの哲学が偉大であるのは言うまでもないことだとしても、このような侮蔑は一体どう取り扱うべきか。そこから結論されることにはどうしても承服しかねる。いわば哲理に通じていることと他者への倫理が乖離しているのではないか。
 いずれにせよ、フィヒテが講演において、やや強い表現をもってドイツ語擁護を述べたことについてこれ以上詮索してもえるものはないだろう。ここでは、ドイツ語に仮託されて、フィヒテが言語について何を述べているのか、が重要である。
 フィヒテは言語の創造性について、「…どこまでも生成し続ける言語は、自らを語るのではなく、それを使おうとする者がまさに自分なりの仕方で、また自分の欲求のために、想像的にその言語を話さなければなりません」、と述べている。
 この言語における創造性の問題は、哲学における創造性にまで引き継がれる。「自分自身のなかで完結し、現象を超えて真のその核心にまで突き進む哲学は、ひとつのもの、純粋で神的な生命から出発します」、とあるように、フィヒテにおける、言語、哲学の問題はやがて宗教の問題へと収斂して行くが、ここではやはり言語に限定して話を展開したい。

 ここで視線を少し広げるためにも、時代は大きく異なるがハンナ・アーレントの以下のことばを参照したい。


 …母語に代わるものはありません。母語を忘れることはできるかもしれません。本当です。わたしはそれを目の当たりにしました。その人たちはわたしよりもうまく外国語を話します。わたしはいまだに強いなまりがありますし、慣用表現を使えないこともしょっちゅうです。そのひとたちは皆、これらのことをこなします。しかし、それは決まり文句がつぎからつぎへと続く言葉となるからです。というのも、われわれが自分自身の言語のなかで持っている生産力が、この言語を忘れたときに切り離されてしまったからです。(傍点、引用者)


 ここでは、フィヒテに較べ、かなり狂信的な語調は弱められている、にも関わらず、母語の重要性は指摘されている。母語は現実的な問題として、表現力の規定性を左右する。もし外国語で、何かを表現しえたとしても、より貧弱な語彙で、言ってみれば、常套的な語りに堕すことはありうる。他方でよりシンプルな語彙によって論旨が明確になることはあっても、それは、いわばこどもが、ことばを喋り始めたときにかわいがられるようなものであって、真の母語発話者に対して、外国語で喋る者は常に、「ネイティブ」の寛容さと劣位の間にいるのかもしれない。しかし、このような発想自体が、言語の純粋性であるとか、純粋な母国語がある、ということを前提としている。フィヒテの講演は、外国の影響、外国語のドイツ語への移入への激しい危惧とドイツへの回帰を求めるものである。フィヒテの言論が、占領下においてなされたものであることは再度、確認しなければならない。他者への尊重が成立する条件、言い換えれば、自由が占領下では損なわれるのではないだろうか。またここにおいて言語から政治哲学への架橋もまた可能なのではないだろうか。
 次節では、もっぱらフィヒテと外国の問題を、言語を主に介して取り扱うことにする。そのことによって、他者性、政治性へと問いを開いていく。





第3節 フィヒテと外国・外国語

 「…自分で考え、哲学しながらそれに手を加えていくということこそ、外国から刺激を受けた時代の我々の主要な努力なのですから」とフィヒテは第7講演において述べている。それまでの講演でも折りに触れて外国の脅威あるいは、影響については言及がある。それらを列挙するにはあまりに量が多いほどである。しかしそれらは概して科学的言説に事寄せた感情論の域を出ないのではないだろうか。また、言語がどのように政治体、政治機構に影響を与えるのか、ということもたいへん興味深い点である。以下に少々長いが引用してみたい。

 
 …その思考や意志の要素、すなわち言語において、すでに固定され閉じられた死せる担い手をもつ外国や、その点で外国に追随するすべての者は、この国家技術をどこに向けるでしょうか。疑いもなく同様に、固定した死せる事物の秩序を見出す技術に向けるのであり、そういう死から生きた社会活動が生じること、しかも目論み通りに生じることを望むわけです。社会の全生命は一種の大きな人工的圧力や機構、歯車装置に組み込まれ、そこでは個人は全体に奉仕するよう絶えず全体に強制を受けます。各個人は利己的幸福を目的として欲するものであるという前提から、まさにそのために個人の意思に反して、一般の幸福を促進するように強制しようとして、有限の定数から有効な総量を得るという計算問題の解法に熱中するわけです。…(傍点、引用者)

何をもって死せる言語と呼ぶか、というと、要するに古語から発した言語のことを言うのであろうが、ここにはやはりフィヒテの恣意性がある。何をもって死せる言語と呼び、何が生ける言語であるか?端的にそれはラテン語であるとか、ギリシア語であるとか、そもそも古語そのものだと限定した方がまだいいのであろうか。例えばフランス語など生きた言語をラテン語から派生した死せる言語のうちに含めることはできない。いかに、それが新しいモードに過ぎないとフィヒテが述べるにせよ、その言語を喋って生きている人がいる以上、その言語は生きた言語というべきである。ここでは話を近代的統治一般ではなく、言語領域に限定するため立ち入らない。また、生と死の問題は非常に重要な哲学的問題ではあるが、一つここでいえることは、言語という生きているものを失ってしまうことは決して完成などとはいえないことだ。喪われた言語、というのはあまりにも惜しむべきものである。あるいは、喪われつつある言語をどうして慈しまないでおれようか。
 しかし、ここで少し冷静になる必要がある。この講演が行われた歴史的文脈を離れて、このテクストのみを扱うことはやはりできないからだ。いかに哲学がそのテクストに内在する思惟に集中したとしても、その歴史的文脈と無縁なものではありえない。まして、この講演が危機にあるドイツ国民に向けられたものである以上、ここでいうドイツ国民、というのは、国民というもの一般へと向けられたものであるのではないか。それを言語の特権性を言うことで、ドイツの至高性として発言すること自体への論破は単に言語学的な問題ではなく、政治的課題でもある。もし仮に「ドイツ精神」というものがあるとしたら、教養小説(成長小説)に見られるように、成長への信奉、人間は成長しうる、という考えがあるように思う。このことはフィヒテの外国批判のなかからも読み取れるように思う。


 …固定して死んだ存在を信じる者は、彼自身が自分のなかで死んでいるからこそ、そんなものを信じるのです。一旦、死んでしまった後は、自己の内面が明らかになると、もう他に信じようもないわけです。彼にとって、彼自身と彼の全種族は始めから終わりまで、なにかある前提とすべき第一項から出て来た第二のもの、必然的帰結にすぎません。この前提は決してたんに想定されたものではなく、彼の現実の思惟であり、彼の真の意味であり、彼の思惟が直接に生きている中心点です。それゆえまた彼の過去である歴史において、彼の未来である期待において、彼の現在である彼自身と他者の実際の生活において、彼の他のすべての思考、人類に対する判断の源泉となるものです。我々はこのような死に対する信仰を、根源的な生命的な民族と対照して外国風と名づけました。…(傍点、引用者)


 あるいはもっと端的に、成長への信頼を謳った箇所を引用すべきかもしれない。しかし、問題はフィヒテ自身と、フィヒテのナショナリズムに内在する悪の問題であると考える。そのことは、外国批判はいけない、理由があったとしてもいけないという思いの他に、いかに自己及び国民弁護、あるいは国民の名における詐称を指摘できるか、という本稿の課題と直結する問題である。
 あらゆる政治家、政治権力の悪に抗して、フィヒテからも以下のような言葉は救い出せるのである。


 …我々のすべての働きがこの地上になんの痕跡も残さず、なんの成果ももたらさなくても、否、それどころか、神的なものが転倒されて悪の道具になり、より深い道徳的退廃のために利用されているということを確信していても、それにもかかわらず、我々のなかに開かれた神的生命をあくまで保持し、神のなかに生じたものはなにものも滅亡することがないという、未来の世界におけるより高い事物秩序を目指すために、ひたすらこういう働きのなかで進むことができます。


                        (この稿、了)

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