2014年10月7日火曜日

シェブ=ハスニ、愛を唱う勇気。


シェブ=ハスニは愛の歌をたくさん歌ったという。
 アルジェリアの人が言っていた、「我々がどういうふうに愛を表現していいか、恥ずかしくてできなかったときにハスニが教えてくれた、」と。
 人を愛するのはすごく勇気がいること、恥ずかしくてなかなかできないこと、いつしかぼくも勇気を失って顔の見えない文章ばかり書くようになっていた。どんなにアラゴンのように、素晴らしい詩を書けたとしても、アラゴンはそれを手で書いて朗読もしたのに、パソコンで打って、メールで送るのは便利で寂しい、というしかない。
 メールで簡易に口説いて、メールで簡易に別れたり、そういう時代かもしれない、ある部分では。だけど、それって、すごくシェブ=ハスニの歌に反しているのではないか、と思った。一瞬でも、アルジェリア人は恋愛が恥ずかしいんだ、ウブなんだなと思った自分が実は、メール・ツールで勇気を失った隠微な人間に過ぎなかったのだ。
 メールで口説くと相手がいないので、自己完結して、体の触れ合いも何もない。ひどく禁欲的で、でも隠微で、地味な犯罪に近い。One day I sneaked to find your e-mail address…罪を償うことは、相手に赦してもらうことではなく、自分が誰に対しても二度と同じ過ちを繰り返さないことだ。
 今日、子どもたちが無言メールを送り合っている様子というのを聞いて、大人たちはもっと隠微に何かしてないか猛烈に迫ってきて、我が身を反省した。
 ぼくもシェブ=ハスニのように面と向かって誰かを口説けるような勇気を持てるだろうか。

ハスニは、テロリストに呼び止められて、銃弾を撃ち込まれた。そのテロリストの愛する勇気のなさ、臆病さがぼくには何だか寒々しいのだ。



0 件のコメント:

コメントを投稿

注目の投稿

見たことのない海が見える(佐渡山豊、アコパ・ライヴレポート)

   一応、ぼくたちはクラス分けテストを受けている。  それぞれが違う学校にも通ってきた。  いい塾があり、いい学校があり、その先にもいい会社がある。  「つまらない」とぼくは旅に出た。父親の許しを得て。  好きだった恋人とも離れ、「つらいだろう」と父は...