2014年9月15日月曜日

Varietas delectat. (多様性は喜ばせる) - 東琢磨さんの評論の可能性-




東琢磨さんの評論、音楽論であり社会論を少しずつ読み始めた。対談をさせていただいたときは、『ヒロシマ・ノワール』を含め『ヒロシマ独立論』の2冊しか読んだことがなく、不勉強なまま、どうにかなるさ、とひたすら限定された聞き役に回っていました。本来、もっと話を広げていろいろ聞いてみるには、こちらが著作を読んでいることも大事だろう、ということで今さらながら読んでいます。
音楽の流通に携わってらしたところから、評論、そして大学などでのトーク、講義に仕事を移してきた、とのお話ですが、社会の背骨の部分で、音楽を売るとはどういうことか、じっくり向き合ってきた方だと思うので、単に趣味人の話を聞くというよりは、専門的な話がいくらでも聞けるのだろうと思います。
 
 そのなかで、昨日、ラテン語の格言をざっとネットで見ていたら、「多様性は喜ばせる(Varietas delectat.)」という表現があって、東さんの表現活動というのは、喜ばしい多様性なんだなと腑に落ちました。
 多様な音楽を含め、文化を守り育てるためにできること、東さんの寛容、ということを思うと、この格言がぴったり来る気がします。


 自分がものを書くときのお手本の一つ、書き手の一人として東さんはいらっしゃいますし、いろんな方の文章を読んだり、メモをとって写したりしていますが、ひとつこの縁を大事にご著作からも、いろいろ学ばせていただきたいと思っております。

  東さんの苦みの部分、それは食べ物でいえば、サンマの苦みであり、またコーヒーの苦さなど、味の出る苦みなのですが、その部分はまだどう描いて、紹介していいか、心の奥で手探りです。人間の痛み、苦みに触れることはある意味不可欠ですが、それが惰性に陥らず、自らのものに、糧になるところを自分も探っています。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注目の投稿

見たことのない海が見える(佐渡山豊、アコパ・ライヴレポート)

   一応、ぼくたちはクラス分けテストを受けている。  それぞれが違う学校にも通ってきた。  いい塾があり、いい学校があり、その先にもいい会社がある。  「つまらない」とぼくは旅に出た。父親の許しを得て。  好きだった恋人とも離れ、「つらいだろう」と父は...