2014年5月10日土曜日

モモガルテン、佐渡山豊ライヴレポート:ぼくも人を大事にしたい。

 
 ぼくは人を大事にしたい。自分も人に大事にしてもらったとき、生きる気持ちが湧いてくるから。大事に育てられたぼくだから、ニヒリズムとか、泥鰌とか、泥縄とか、そういうものは珍しいものとして書物のなかで出会うくらいだった。ところがぼくはヨーロッパに出会い、誰もがぼくを大事にしてくれるわけではないし、また悪意だろうが善意だろうが、この際、法律の話でもいいし、人道の話でもいいのだけど、悪意の法体系を生み出したヨーロッパというものに出会ってしまったのだ。日本にいると、ふつうでは、人は人に親切にするのが当たり前ととられていることもある。これは日本の美徳ばかりではないが……、ファイトだ、サバニ!論理を超えて、ぼくの論理など剥がれてしまう画餅かもしれないから、ぼくは音になりたい。
これくらいの前置きで、佐渡山豊さん、杉山タケルさん、そしてオープニングというか先駆けにシーサーズのお二人の、「陳情口説」、これこそ群衆の歌、民衆の歌ではないか。201459日、場所は中野の桃園、モモガルテンの瀟洒な佇まい、ぼくは中野駅の方から歩いて行ったが、東中野から歩いても行ける、中間点くらいか、時の渡し場、そういうところにあります。芸能で有名な堀越学園のすぐ側ですね。昼間行っても、ケーキなど手作りでうまく、コーヒーもおいしい、ぼくも祖母などといっしょに行くカフェですね。

(この写真はモモガルテンで友人カップル)

さてさて、自分が長い、十分に長さと豊さを持った佐渡山さんの人々との出会い、つながりのなかで、知っているのはほんの少しのことだけれど、何が大事かまた知ったことを少し書きたいと思うのです。
野に咲く花が一番好きで、名前のある立派な花が二つ目に好きだ、という那良伊千鳥さんという方の歌、これを佐渡山豊さんが歌うのにぼくは、ボーっとなってしまった。素朴などこにでもあるような親しい赤花が一番好きだけれど、スッと姿良く、名前も麗しくある人も、あっ、間違った、花も好きだというのはすごくぼくは腑に落ちたというか。2つの花が好きだ、ということにぼくは何とも慰めを見出しました。シロツメクサでも、芍薬でも、名前も姿もすぐに浮かぶぼくではないけど、名前から来るポエジーがやってきます。
そういえば、ぼくは先日、お台場の科学未来博物館に行ってきて、ぶったまげた。テクノロジーの最先端と、地球、宇宙自体に迫る美しさ、あるいは美やポエジーを超えたサイエンスのすごさに圧倒されました。佐渡山さんの歌の世界はポエジー+宇宙的なところがある、それは、叙情というもの、人の気持ちの襞、流れ以上に、宇宙規模の生命を感じさせます。だからこその、ファイトだ!サバニ!でもあるわけで。
ぼくは途中から左目からも右目からも涙が滲むようで、少し目を拭いながら聴いていました。自然、心も和んで、顔が元気になっていると言われました。「少しずつ、少しずつ、朝が来る」という歌を口ずさめたときも、本当に長い苦節10余年からの雪解けを感じつつある昨今、ぼくは本当に少しずつ朝が来ているのを実感したのです。
ボブ・ディランの歌を日本語で、ディランの精神を日本語で歌った変奏、これはほんと、バッハのシュニトケ作曲カデンツァが好きなぼくには、驚き以上にあまりにすんなりディランの精神を佐渡山さんが生きてらっしゃる、歌ってらっしゃるので、ほんとに翻訳だけじゃないんだ、と新たな創造の可能性、広がりを見せていただいた、というか。
民衆の歌は人々のものであって、どこかの会社や協会の歌ではないのだけれど、それでも歌を買ったり、売ったりする人がいて、落陽の紙価を高からしむる以上に、さらなる詩や歌の搾取もあって、ぼくは心の問題、歌の問題ではやはり不自由にはなりたくない、そのことを切に感じるのですね。
だから歌について語ること自体をプロテストするというか、それでも伝えたいことだけ書くというのが自分のスタンス、心の動きでもあるわけだけど、この日のぼくの両目は少し涙に濡れたのです。ぼくは人を大事にしたい。人類館に人を陳列したような錯覚の人間観には陥りたくない。なんでぼくの好きなヨーロッパはあんなに心凍てつくことをするのか、万国博?F××k that crap,万国博に行くよりも、セネガルでもモンゴルでも旅すればいいんだよ!彼らは笑っているよ、ぼくらには通じない悲しみで。そういうぼく自身があまり旅には出ないのだけれど、みんな日本でもぼくを大事にしてくれるから、早く病気を落ち着けて、旅にまた出たいな、なんて思います。泣く子が黙ったら地頭は要らない、英語で全部通じるなら外語大要らない!帝国化したイギリスで万国博のガラス宮ができた頃、ロシアではドストエフスキーが『地下室の手記』を書いていた。文明開化、白み、味気なさ、ザンギリ頭よりドレッドヘアー、もうここまで来たら市民生活も楽しくてしょうがないような、制服の自由化、自由経済の非搾取……そいつをもうずっと考えていて、気づいたら自分が有閑階級の端くれで労働を拒んでた、実に笑えない話。佐渡山さんが、小学生の頃から新聞配達をコザの吉原でしていた年頃、ぼくは、おかあさんの肩をトントンたたいていたわけでもない。ぼくは人を大事にしたい?本当にそれができていればいいのだけど。
A qui est-ce que je voulais donner la change? Aux autres ou au moi même?
誰にぼくは変わって下さいとお願いしたかったのか?彼らにだろうか、それとも、ぼく自身が変わりたかったのだろうか?
このアラゴンの詩の自問はまだぼくを惹きつけてやまない。たぶん、ずっとそうだろう、誰を、何を変えたかったのか、彼らを、それとも自分自身を?
 答えることが肝心なんじゃない、どんな立派な運命論よりも、確かな朝が白み始めた。宇宙はまだ存在している、ぼく自身の意識よりもずっと確かに。だから、終末論とか、最後の晩餐とか、地球外隕石による地球の損壊とか、恐竜の死滅とか、いちいち信じないでいいな。何かライヴレポートには中途半端ですが、パリからの友人がパリに帰って、心が荒んだのを治してもらいました。もう一度、人がぼくにして下さったように、ぼくも人を大事にしたい。以上です。ありがとうございました。
 





0 件のコメント:

コメントを投稿

注目の投稿

見たことのない海が見える(佐渡山豊、アコパ・ライヴレポート)

   一応、ぼくたちはクラス分けテストを受けている。  それぞれが違う学校にも通ってきた。  いい塾があり、いい学校があり、その先にもいい会社がある。  「つまらない」とぼくは旅に出た。父親の許しを得て。  好きだった恋人とも離れ、「つらいだろう」と父は...