2014年5月12日月曜日

ゴミ箱の底から聞こえるエレジー、沖縄戦の死者たちは何処?


   佐渡山さんにいただいた、目取真俊さんの本を読ませていただきました。沖縄戦については初めて本格的に読んだ本であり、また作家の読ませる力は学者の大学に守られている文章よりも直接的にこちらに響いてくるのを感じました。自分の名前のみで社会、世間と対峙する、生きて行くということは、佐渡山さんもミュージシャンとしてお若い時期から始められたのであり、本当に歌うべきこと、書くべきことを持っている人たちの、ある意味では強みを感じます。目取真さんは、過去と当事者として向き合うには想像力も、それから長い年月をかけて過去と向き合う、人々の声を聞き、資料を読んで、ということをするのだとおっしゃっていると思います。ぼくは大学時代に初めて、沖縄のことを知ったのですが、最初は米兵の写真を撮り続けている女性写真家が、実際、黒人米兵たちと恋人関係というか、寝て、写真も撮るという話に、一人の若者として少し違和感も持っていました。ぼくには素朴に結婚して行く東京近辺にいる友人たちもいて、そういった会場から直接、原宿の結婚披露パーティーに駆けつけなければならなかったこともあり、結婚の見込みのないセックスの話を聞く研究会というか、そういう場から、「友人の結婚式だから」と中座する気まずさ、指導教官からは、「お前はもう来るな」と言われましたし、ぼくが沖縄に関心を持つこと自体が最初は困難さを伴っていました。途中で抜けるくらいなら、来るな、ということでしょうが、ぼくには当時、いろんな用事があって、ずっといられなかったのだと思います。大学の校門の辺りで、行ってしまったバスに苛立って、携帯電話をぶん投げたり、よく今では分からない葛藤もありました。世間では、慎ましくもきらびやかな結婚や恋愛やしか興味のないように見える人間と、自分のような左翼研究会からも、疎んじられる存在と。ぼくが沖縄について知ろうとしていた動機も純粋な部分と、当時の人間関係というか、端的に左翼のなかでの恋愛ごっこに忙しかったのでもあり、沖国大に落ちたヘリの話を聞きながら、自分に何ができるか自問しながらも、まだ問題と向き合い準備もできていませんでしたし、それに沖縄は遠すぎて、自分は行く旅費を工面できるとも思えず、既にフランスに1年間留学した後であっても、自分が学生バイトするという考えを捨ててしまっていて、もう遊んでいる時期ではないということばかり気になっていました。海のあるリゾートの沖縄に自分が行くことはできないと思っていました。
 実際、沖縄に初めて意識して行ったのは、韓国に行った後で、20代も後半に入っていましたが、学生時代の左翼の人間関係も全部、平和裡ではなく、ケンカ裡に精算してしまった後でもあり、家族がリゾートに行きたいというので、それにくっついて行きながら、沖縄を見てきました。
 それでも文章、本を通して、沖縄戦や米軍基地について読もうと思ったことは驚くほど遠ざかっていて、それは学者のお仕着せのような「正義」とか、辟易していたからで、目取真さんのお名前は大学の先生が編纂した本で見たことはありながら、もうフランス文学や哲学の付け合わせのように沖縄に関心を抱いているように思えた人々と、同じ穴のムジナになるのもどうかなと思っていたのです。端的にぼくは、大学や会社に守られた人間が嫌いなのです。それをここで言ってもしょうがないのですけど。
 ぼくのように一心に勉強しながらサッカーや遊びも極々、平凡なレベルでしてきた人間が、想像するに、自分の書くべきネタもないから他人のことにちょっかい出してる学者連中とか、その他大勢の元気な大学生、そういうのにウンザリしながらも、でも歳を経るごとにそういう人間たちも、自分も育って行くのは事実で、某か物が言えるようになる面はあります。しかし、本当に書くべきことを育ててきた人間は大学に守られる必要もないし、そこに通っているある程度金持ちのボンボンであり、凡々にだけ講釈を垂れる必要もないわけです。本当の人間に出会うのはいつの世も、どの場所でも難しいのでしょうが、ぼくは幸いにして、自分の抱えていた違和感のある人間関係を一度は精算して再出発できるだけの幸運もあったのでしょう。ぼくは彼らが嫌いである、というのは言ってもしょうがないことでもあるけど、左翼ごっこもエイサー踊りも東京で好き勝手やって、くだを巻いて、政府を批判して、自分は正義だと、そんなのはもう飽きてるわけです。
 と、毒を吐いて終わりでは意味がないのですが、守られているものたちの自分を守るコトバで何が変えられるのかな、ということです。例えば、精神病院で、もう結婚なんて夢のまた夢で、湘南にギャルを見に行く破れかぶれしか人生の楽しみがないような病人の気持ち、誰が分かるでしょうか?幾重にも差別を自ら感じつつ、なおかつ就労も困難で、社会生活も労働もできないような人が、婚活、生活、性活?、そんなの夢のまた夢だと感じているわけです。この社会から隔離された人たちと出会って、ぼくはまた人間社会には人間から追放された人たちがいて、それに自分も近いのだ、というのを感じます。
 ぼくが結婚しないのは、自分が劣性遺伝子で、というのもあるのかもしれませんね。ぼくはぼくを差別する人とは結婚できませんし、やはり人類で差別をしない人間に、出会えるということには絶望もしています。偏差値が83あろうが、一度、病気と言われれば、もうゴミ捨て場の人間でしょうか。ゴミ捨て場の人間たちの「シャラープ」という叫び、ぼくは先日、ある映像で見て、聴いて、映像撮ってるだけの連中の葛藤も気楽さも、それこそゴミ箱に自分を一度捨てたらいいのに、せめて一度、逮捕されたり、ブタ箱と言われる収容施設にでも入れば少しは人間になるのに、とか余計なことを思うのです。
 端的にぼくは人間が嫌いです。人間が嫌いな人間を好きになることはありますが。ゴミ箱の中で生きている人間は、ゴミ箱のなかで結婚も、生活も、性活もするわけです。
 地上は地下は、ぼくらの考えているような場所だろうか。

 最低の最低よりももっと下に、高田渡の鎮静剤よりももっと沈めなければいけない怒りがあなたにあるなら、もっと奥深く、あなたのゴミ箱を掘ってください。そこにお金だって転がっているかもしれませんよ。それであなたは生きて行くことができるかもしれませんよ。


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