2014年4月21日月曜日

アンナ・アフマートの詩を一くさり-カチアとの再会-

 

   本当は今日もハローワークに行くべきなのかもしれないが、昨日、低血糖に近くなるくらいまで夢中でフランス語を聴き、話し、そういえばルティさんのおうちにうかがったときも、夢中で喋り過ぎて、家に帰って低血糖になったのを思い出した。フランス語はぼくがもっとも心を集中できることの一つなのだと思う。
 今日は、疲れも理由にして、図書館に、昨日カチアから聞いたロシアの女流詩人、アンナ・アフマートヴァの詩集の翻訳を借りに行った。英語、仏語ともにロシア語からは十分な訳がない詩人だという。
 英語には何でも学生が訳したが、スターリン時代の過酷な状況を盛り込んで訳すのは、難しいどころかimpossible,で、なおかつ詩の翻訳には天賦の才能がいる、という話だった。
 昨日、ぼくはカチアにガリマール版、ルイ・アラゴン全詩集、全2巻をおみやげにもらい、「ぼくは夢のなかにいるんですか?」と思った。そういえば、全然別の文脈なのだが、精神病院の閉鎖病棟に担ぎ込まれた青年が、眠らせる注射から目覚めて開口一番言った言葉は、「これは夢ですか?」だったことを思い出す。
 ともあれ、アンナ・アフマート、とカチアは呼んでいたが、日本語で翻訳が出ているのは誇らしく、訳もいいように思う。原文はロシア語ができないから分かりませんが。
 
 病気になればいいのに
 もう一度みんなに逢って
 風と太陽にみちた海辺の庭園で
 広い並木道を散歩できるから
 
 ……
No.257  1922年 春 木下晴世訳

 ぼくは自分の病院送りと家籠もりの10年間を、10数年ぶりに会ったカチアにどう語っていいか分からなかった。「自分の家に、国に留まるのは、あなたの選択なの?お母さんのためなの?」、「でも若い頃は違ったんでしょ?」と質問され、ぼくはぼくの選択で、このカントリーに留まっているのだ、健康が理由でもあるけど、というようなことを幾分迷いながらも口にした。上野公園の茶屋で、作法通り、というにはぎこちなく抹茶を飲んで見せながら、つくづく自分は観光ガイドとして挙措も素人だと痛感した。
 何もできない自分、というのをまた新たに見出して、ほんとは自分はもっといろんなこと、分かってると思ってた、とのんきなことを思っていた。
 ソニア・リキエル、というポーランド系ユダヤ人のファッションデザイナーとそのブランドのために働いていた、というカチアのにこやかな気品に、ぼくは格の違いというか、静かに圧倒されていた。
 これはぼくが日本に帰って落ちぶれただけではない、彼女の確かな人生の歩みが少し胸に刺さったように痛い気もする。
 そういえば、昔からよくメールしていたが、吉祥寺のおでん屋太郎で、母と酔って、大人になってからは初めて手をつないで家に帰った日に、カチアから、こどもが産まれた、というメールが来ていた。その子がもう5歳だという。

 ハローワークは一つの詩になりうるか?魚屋のドレッドヘアーの青年は、「今日はもう雨降ってましたか?」と、スモークサーモン買ったぼくに尋ねた。
 そういえば、昨日、酒盗のポテトサラダを食べていたら、ロシアにも塩につけた魚をマッシュポテトと食べる料理がある、と話してくれた。梅干しはびっくりしたけど、料理は、銀鱈の粕漬けも、刺身のなかでも、イカの甘みとか、とても新鮮でおいしかったと言ってくれた。
 日本酒を飲んで、飛行機で一睡もできなかったのに、浅草、上野、銀座と歩いた後、コロコロと笑って、よく眠れそう、と。
 
 泣くのは罪深いこと 苦しむのも
 懐かしいふるさとの家で 
 ねえ あなたはもう祈れるのよ
 自分の守護天使に

 No.160  1914年9月 ツァールスコエ・セロー

 そういえば、アフマートという名前の響きはあまりロシア的ではないんじゃないかな?と尋ねたら、トルコ系の名前かもしれない、とカチアは言っていた。
 カチア自身、幼少期をウズベキスタンで過ごし、敬虔で過酷なムスリムの教えを感じたという。

It is deep sin to cry or to suffer
You are now allowed to pray
 in your dearest homeland
 to your own dear angel.

 ロシア語から日本語に訳された詩を今度はぼくが英語に訳す、そういうことだっていくつかやってきた。ぼくらの国境を超えたハイブリッドな言語はクレオールも、ピジンも超えて流通して行く。
 その最初の息吹を忘れずに、ハローワークだって詩にして見せる。


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