2014年4月25日金曜日

About Japanese culture (Poems)



 Today I’d like to tell you about Japanese poems before Haiku called Tanka, which consist of words, it goes 5 7 5 7 7. Tanka it means ‘short song’.
It is like Haiku with syllables it goes 5 7 5, so the Haiku is in short of Tanka.
For example,
I’d like to introduce one Tanka in the most famous anthology of Tanka, called Hyakunin Ishu,(百人一首、One hundred poems of hundred poets).
Well the influence of Hyakunin Ishu is every where in Japanese culture especially in Kyoto, because most poems are made around Kyoto in medieval times.
It is not only the question of poems but in paintings and all sorts of life style that we have in Japan, or we used to have, so it is one good way to know about our culture.

So, I introduce one which a poet of Kyoto sang about North of Japan near Fukushima, which might interests you because it is about textile fabrics, tissue.
It goes like this in Japanese,

みちのくの しのぶもぢずり たれゆえに みだれそめにし われならなくに
In Kanji,
みちのくに しのぶもぢずり 誰故に 乱れ染めにし 我なら泣くに
In alphabets
Michinokuno Shinobumojizuri Tareyueni Midaresomenishi Warenaranakuni

And I try to translate it poetically in English,

Like the tissue which name is Shinobumojizuri from the far north land,
My heart starts trembling in hidden love,
Who do you think that is because of,
It is not only by myself that I start crying.

So the poem is about both the tissue product and the hidden love inspired by the name of the tissue, Shinobumojizuri, for shinobu, it stands for endurance of hidden love within the poet.

Kyoto is the place where Tanka is every where and it might be helpful that there is a strong hidden culture of poetry which stands for all other dimensions of culture in Japan, like architecture, paintings, craft works including woven cloth(Kimono) and so on.


2014年4月22日火曜日

Anna Ahmatoba(アンナ・アフマートヴァ)詩集より

 
   どうしてあなたはネヴァー河をながめ
 どうしてあなたは橋にのぼったりしたの?……
 悲しい女と噂されて当然の私
 あなたを夢にみたあのときから
 黒い天使の翼は尖り
 やがて最後の審判が下されよう
 暗赤色の篝火が
 薔薇のように雪原に咲いて

 No.133 1914年 年初め ペテルブルク 
木下晴世訳

 Why did you see the river of Neba,
  And why did you climbed up the bridge? …
  It may be sure that I’m spoken as a sad woman
  Since that time I saw you in my dream
  It is sharp the wing of black angel
  There should be the last judgment
  Bonfire in dark rouge
  Flourished like a rose in snow field.


  No.133 1914, Start of the year, Petersburg

2014年4月21日月曜日

アンナ・アフマートの詩を一くさり-カチアとの再会-

 

   本当は今日もハローワークに行くべきなのかもしれないが、昨日、低血糖に近くなるくらいまで夢中でフランス語を聴き、話し、そういえばルティさんのおうちにうかがったときも、夢中で喋り過ぎて、家に帰って低血糖になったのを思い出した。フランス語はぼくがもっとも心を集中できることの一つなのだと思う。
 今日は、疲れも理由にして、図書館に、昨日カチアから聞いたロシアの女流詩人、アンナ・アフマートヴァの詩集の翻訳を借りに行った。英語、仏語ともにロシア語からは十分な訳がない詩人だという。
 英語には何でも学生が訳したが、スターリン時代の過酷な状況を盛り込んで訳すのは、難しいどころかimpossible,で、なおかつ詩の翻訳には天賦の才能がいる、という話だった。
 昨日、ぼくはカチアにガリマール版、ルイ・アラゴン全詩集、全2巻をおみやげにもらい、「ぼくは夢のなかにいるんですか?」と思った。そういえば、全然別の文脈なのだが、精神病院の閉鎖病棟に担ぎ込まれた青年が、眠らせる注射から目覚めて開口一番言った言葉は、「これは夢ですか?」だったことを思い出す。
 ともあれ、アンナ・アフマート、とカチアは呼んでいたが、日本語で翻訳が出ているのは誇らしく、訳もいいように思う。原文はロシア語ができないから分かりませんが。
 
 病気になればいいのに
 もう一度みんなに逢って
 風と太陽にみちた海辺の庭園で
 広い並木道を散歩できるから
 
 ……
No.257  1922年 春 木下晴世訳

 ぼくは自分の病院送りと家籠もりの10年間を、10数年ぶりに会ったカチアにどう語っていいか分からなかった。「自分の家に、国に留まるのは、あなたの選択なの?お母さんのためなの?」、「でも若い頃は違ったんでしょ?」と質問され、ぼくはぼくの選択で、このカントリーに留まっているのだ、健康が理由でもあるけど、というようなことを幾分迷いながらも口にした。上野公園の茶屋で、作法通り、というにはぎこちなく抹茶を飲んで見せながら、つくづく自分は観光ガイドとして挙措も素人だと痛感した。
 何もできない自分、というのをまた新たに見出して、ほんとは自分はもっといろんなこと、分かってると思ってた、とのんきなことを思っていた。
 ソニア・リキエル、というポーランド系ユダヤ人のファッションデザイナーとそのブランドのために働いていた、というカチアのにこやかな気品に、ぼくは格の違いというか、静かに圧倒されていた。
 これはぼくが日本に帰って落ちぶれただけではない、彼女の確かな人生の歩みが少し胸に刺さったように痛い気もする。
 そういえば、昔からよくメールしていたが、吉祥寺のおでん屋太郎で、母と酔って、大人になってからは初めて手をつないで家に帰った日に、カチアから、こどもが産まれた、というメールが来ていた。その子がもう5歳だという。

 ハローワークは一つの詩になりうるか?魚屋のドレッドヘアーの青年は、「今日はもう雨降ってましたか?」と、スモークサーモン買ったぼくに尋ねた。
 そういえば、昨日、酒盗のポテトサラダを食べていたら、ロシアにも塩につけた魚をマッシュポテトと食べる料理がある、と話してくれた。梅干しはびっくりしたけど、料理は、銀鱈の粕漬けも、刺身のなかでも、イカの甘みとか、とても新鮮でおいしかったと言ってくれた。
 日本酒を飲んで、飛行機で一睡もできなかったのに、浅草、上野、銀座と歩いた後、コロコロと笑って、よく眠れそう、と。
 
 泣くのは罪深いこと 苦しむのも
 懐かしいふるさとの家で 
 ねえ あなたはもう祈れるのよ
 自分の守護天使に

 No.160  1914年9月 ツァールスコエ・セロー

 そういえば、アフマートという名前の響きはあまりロシア的ではないんじゃないかな?と尋ねたら、トルコ系の名前かもしれない、とカチアは言っていた。
 カチア自身、幼少期をウズベキスタンで過ごし、敬虔で過酷なムスリムの教えを感じたという。

It is deep sin to cry or to suffer
You are now allowed to pray
 in your dearest homeland
 to your own dear angel.

 ロシア語から日本語に訳された詩を今度はぼくが英語に訳す、そういうことだっていくつかやってきた。ぼくらの国境を超えたハイブリッドな言語はクレオールも、ピジンも超えて流通して行く。
 その最初の息吹を忘れずに、ハローワークだって詩にして見せる。


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