2014年1月25日土曜日

杉山たけるさんライヴ、レポート

 

 杉山たけるさんのライヴを観てきた。
 めったにソロライヴはない、ということだったし、こちらはオリジナルの曲があるとも知らずに生きていたので、今日のライヴはぶっつけ本番で、昭和歌謡だけではなく、杉山さんのオリジナルの曲を聴くこととなった。
 CDを出されているのも途中まで知らなかったから、聴き逃すまいと緊張していて、左の頭が少し痛くなるくらい集中していた。自分は音楽を歌詞を聞き逃すように聴けるのはCDがあるからで、一度きりのライヴだと思うと、歌詞を見失いながらも、聴きのがすまいと必死になってしまった。論理で聴いてしまい、感覚で楽しみことがおろそかになってしまったのは否めない面はあった。
 2曲目、4曲目のオリジナルの曲が好きだな、と何となく思いながら聴いていたが、一気に圧倒されるというより、その世界観が静かに浸透してくると感じた。
 杉山さんのポエジーは今までギターを通してしか知らなかったが、歌を初めて聴いてみて、それでも、やはりギターが歌い出すときの腕が超一級である、という思いは、佐渡山豊さんとライヴをされるときと同じに、身を正させるものがある。
 人のことをあれこれ言うのは好きではないが、この人はギターのソロで一番生きる、歌もいいが、ギターと無言のなかで全てを語ることができる人だと思う。
 それに対して、杉山さんの歌は、ポエジーがゆっくりこちらに浸透してくる感じで、じょじょにその世界に入っていく。それは新しい経験だった、CDで何度も、何度も聴かなければ浸透が理解、納得にはならない、というのを感じたから、CDがあるのは本当によかったと思うのだ。
 ひとまず、第一感想として、以上のような言葉が湧いてきました。
 後はCDを聞き込んで、そこから新たな歌詞と世界観を含めた新たな批評を試みます。ライヴ自体、ずっと、じっと聴いていたので、写真を撮ることもしませんでした。
 それだけ、緊張もしたけど、自分なりに手拍子もできたし、もっと体を揺らして、音楽と一体化できればいいなと感じました。
 それにはもっと感覚で、右脳で聴くべきだと思う。
 そういう意味では、馴れるまで何度も聴けるCDがあることは大事だと思いました。

 追記:
   杉山たけるさんのギターは、数年前に聴いたブルーノートでのカウントベイシーオーケストラのギターと較べても遜色ないんじゃないかと思う。CDを聴いただけで、佐渡山豊さんが、「このギターの人、連れてこい」とおっしゃったそうだが、そういう人がふつうに音楽以外の仕事で働いてる日本ってすごいなと思う。また、いわゆる杉山バンドのみなさまともいろいろお話させていただいたが、そのことも含めたライヴに感想はまた稿を改めて書きたい。



最後の一枚、というか、入手困難な杉山さんのCD。2007年。

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