2013年8月28日水曜日

李良枝の小説『ユヒ』を読み始めて

李良枝の小説を読み始める。ユヒ、という小説。評論で読んで、気になった作品だ。なぜかこの作家の作品には惹きつけられる。風景描写でさえ、目を離せないリズムがある。韓国、というのは韓国語のほとんどできないぼくにとっては、通り過ぎる風景に過ぎないかもしれないが、ユヒという留学生にとっては違う。
ぼくは日本の大学を休学していたとき、一枚のハガキを韓国からもらった。
フランスから帰って、自分にはどこにももう行くにも居場所がないと思っていたから、その仏像の写っている写真ハガキに、心を動かされても、そこに自分が行くとは思えなかった。
それから回復して、2度、韓国には行った。一度は逃げるように、日本から出たくて。
自分の頭は英語とフランス語と少々のモンゴル語でいっぱいで、新たに言語を詰める余裕はないと思っている。
だけど、ユヒ、という小説を読んでいると、何だか、心が内側から痛むのだ。
一体自分の居場所はどこなんだろうと。
勝手に自分の気持ちをこの小説に添えてしまう、そういう読み方をしています。

2013年8月22日木曜日

人生の目標。大きな円の弧になれ!

「小さな円を描いて満足するより、大きな円の、その一部である弧になれ」(ブラウニング)


 20歳でパリにいたとき、家族に手紙で外務大臣になる、と書いたがどうやら無理くさい。そういう夢は消しゴムで消せば、と友人に言われたが、消すのもどうかな、と思っていた。でも、日野原先生の引用でこの言葉に出会って、自分は大きな目標を持っていても、その一部になればいいんだと思った。ぼくが外務大臣にならなくても、何らかの形で外交に貢献できればいいのだ。それは研究でもいい、人と仲良くするでもいい、そう思うとかつての夢も捨てずに、でも、身の丈にあったことができて、心も目標に羽ばたいて行くのだ。

2013年8月2日金曜日

コザの街

 
コザの街。




 旧・センター通りのチャーリー・タコスで、タコライスを食べながら、いっこく堂さんのサインを見た。ここはコザだ。沖縄市と呼ばれているが、コザだ。ついに来た、という感じがした。

 



 佐渡山豊さんの「コザの街ラプソディー」を英語に翻訳したというより、高校時代の英語の先生、クリス・ディクソン氏のお手伝いをした。コザについに来た、という感情は高まっていた。


 
 中の町、も歩いた。楽器屋の店員さんに、「中の町は近いですよー」と言われたが、詳しいことまで聞ける感じではなかった。
 コザの人たちと話したかったが、一言、二言で終わってしまう。
 たぶん、それが旅人として自然だからだろう。


 
Igalooスタジオの人とも、二、三、言葉を交わしたが、長居はせず、できずに、先輩のNさんと歩く。


 ふと入った資料館に、姜尚中先生のサインがある。
 「すべての業には時がある」、と書かれていた。
 
ぼくは那覇のジュンク堂書店で、大石直樹さんの『八重山讃歌』を見つけたときは、運命だと思ったね。


 その前に、石垣、鳩間島、西表島などを渡ってきたので、これだ!という気がした。

                               
                                 (続く)

注目の投稿

見たことのない海が見える(佐渡山豊、アコパ・ライヴレポート)

   一応、ぼくたちはクラス分けテストを受けている。  それぞれが違う学校にも通ってきた。  いい塾があり、いい学校があり、その先にもいい会社がある。  「つまらない」とぼくは旅に出た。父親の許しを得て。  好きだった恋人とも離れ、「つらいだろう」と父は...