2013年6月2日日曜日

ゲジゲジノ歌


※先日のライヴで佐渡山豊さんが朗読されていた詩です。
 とても、自分は感銘を受けました。

 






<ゲジゲジ‥‥>ノ歌
江原光太・詩人


飴ニモ マケズ

カネニモ マケズ

核ニモ石油パニックニモ マケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

欲ハナクテモ

決シテ妥協セズ

イツモ怒リニ モエテイル

一日二合ノ玄米ト

無農薬野菜ト少シノ魚ヲタベ

一日五時間ダケ ハタライテ

ヨブンナ カネヲカセガズ

ソシテ ヨケイナモノヲツクラズ ツカワズ

小サナ町ノ場末ノ共同住宅ニ表札ヲブラサゲ

五尺ノカラダハ寝袋カツイデ ホイサッサ

東ニ電気ノナイ村アレバ

行ッテ風力発電所ヲツクロウトイイ

西ニキーセン観光アレバ

行ッテ大臣ヤ助平ドモノ キンタマヲツブシテヤリ

南に仲間同士ノ戦争アレバ

行ッテ兵士タチニ ソレゾレノ故郷ニカエロウトイイ

北ニ領土ヲカエセトイウ声アレバ

ソノホントウノ住民ヲタシカメテ話シアイ

小サナ島バカリデナク大キナ島ノ山ヤ森ヤ川

ソコニスム熊ヤ鹿ヤフクロウヤ鮭タチヲ

自然ノママニ解放シテヤル

ヒデリノトキハ太陽エネルギーヲアツメ

サムサノフユモ ハダカデクラス

<ゲジゲジ ゲリラ 過激派>トヨバレ

ヨッシャ・アーウー政府カラ ニクマレ

原発ゴロヤ電力資本カラ クニサレ

ソレデモ世界ノ貧民カラ アイサレル

ソウイウモノニ

ワタシハナリタイ

            (1974.10.27

2013年6月1日土曜日

贅沢で安心な時間、5.31よろんの里、佐渡山豊ライヴ!

 


 ライヴの感想を手書きで書きたくなった。
 どうせ後でパソコンで打つにせよ、ゆっくりと書くことを味わいたかった。
 ライヴの次の日、法事の帰りに、銀座のわしたSHOPで佐渡山さんのCDを買った。
 「存在」というアルバム、昨日Yさんにその存在を聞いたアルバムだ。
 さっきからアルバムと書こうとして、アラバマと書きそうになる、
 アラバマには行ったことがない。
 余計な文のリズムかもしれない、さて、
 2013.5.31椎名町、よろんの里ライヴの様子を書きたい。
 五月病も最後の日、池袋から西武池袋線で一駅、駅のすぐ近く、踏切の前によろんの里はある。近くに公園があり、犬と子どもが遊んでいる、大人も憩っている。
 ぼくはライヴの日はほとんど本を読まない、姜尚中先生の小説を少し読んだくらいで、早々に電車に乗った。
 もう一日の未知と出会う設計は出来ている。
 ガラガラ、ガラリンコ、扉を開ける、さあ、ライヴ開場だ!
 入ってしまうと、もう流れのなかだ、ビールを飲んで、ジーマミー豆腐、泡盛、そしてその後はお楽しみが待っていた。
 しかし、ライヴのことを書かなければ。

 それはまさに安心のステージだった。
 聴きたい歌が聴け、ヤキモキしないで済む日。
 目の前の最前列の座敷の席で、ぼくは飲みかつ聴いた。
 隣は、かのルリヲ・フルチ氏、前には沖縄出身のKさん、
 ステージは、ギター、ぼくも大ファンの杉山さん、
 そして、佐渡山豊! 酔ってなくても親しいぼくらの親分だ。

 アルバム、「つむじ風」から渋い歌の数々、 
 曲順なんて憶えていない、それがライヴだ。
 記録でなく記憶とはよくいったものだ。
 ぼくにとっては確かめる、何かを確かめる、安心の時間だった。
 自分の翻訳を確かめるために歌を聴いているような、
 歌が理屈を抜け出すまでの心の時間、
 これが熱するまでのぼくの時間だ。 
 It’s o.k. we don’t have a CD, we talk about it later,
  やがて酔うと喋りたいフランス語、
 クドウシズカのnumero 38 trente-huit!
  よろんの里の献奉、有泉をしこたまいただいたのは、ライヴ後だが。

 ぼくはドゥチュイムニィは自分でも歌う。
 もうライヴ中でも口が勝手に動く。
 定番の一曲、歌だが、
 ずっとこの歌を歌っている人がいることを知っている。
 カラオケでも歌っている。
 手拍子?Fat man’s joke!
  私は歌いたいのだ。
 眠い、クドウシズカが好きだという人に、
 杯一杯の焼酎を次々、
 4,5杯いただいた。
 酒は好きだ、スカッとする。
 いつも佐渡山さんといられるわけではない、
 だけど、いっしょにいられる安心感、
 親しさ、楽しさ、ほめられたい、
 いろんなボジティブな感情と意図。
 時代を切ることだけが、肝心なんじゃない。
 自分のドゥチュイムニィ(独り言)が大事なんだと、
 佐渡山さんはルリヲ君の出した答えに深く頷いていた。
 (アルバム「つむじ風」ライナーノート参照)

 さて、紙数が尽きたわけではないが、
 佐渡山さんが聴きたければ、
 歌や声と響き合いたいなら、
 ライヴに行こう。
 それだけなのだ、
 それだけが全てで、
 全てが一つなのだ、
 佐渡山さんに会うこと、
 この贅沢で、安心な時間。
 それがよろんの里の夜だった。


 

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