2012年9月21日金曜日

オスプレイの飛んだ日に(佐渡山豊さんに捧げるうた)



   しあわせを知っているのに
 悲しみも知っている
 そういう人だ
 佐渡山さんは。

 ぼくらの誰もが知っているのに
 気づいていない本当の気持ち
 そっと歌にして、歌っている。
 本当のこと、歌っているのに
 明るさを忘れない
 そういう佐渡山さんの努力と
 怒りの深さが歌に溶け
 優しさと楽しさにさえ見える
 その絶頂を
 君は見たか?
 人間が人間である真っ正直な姿をさ

“怒りを持って生まれたのではない、
 生きて過ごしているうちに
 乾し草のように我が心は
 怒りに燃えたのだ“と、
 モンゴルの詩人も歌ったよ

 年齢や時代を超えて
 人と人だから響き合う
 そういう関係を求めて
 ぼくらは集う、わたしたちは歌う
 人と人が結びつく
 その可能性を信じて
 ここにいるのだ。
 今日、この日に、
 涙し、笑っているのだ!


  

(左から、自分、高山正樹さん、佐渡山豊さん
下北沢ロフトにて。)

2012年9月11日火曜日

国会議事堂前スケッチ



 国会議事堂に近づくにつれ、国会通りの歩道は、警察によって、通過歩行者側とデモ参加者側の二つに、カラーコーンと棒で仕切られていた。
 議事堂前に近づくにつれ人が増え、ビラを配る人、日陰に身を寄せる人、鳴り物を鳴らす人、道は狭くなる。
 国会議事堂から広い国会通りを隔てた反対側のT字路の両側がデモの中心らしく、警察の選挙カーみたいな高台と、そこからのビデオ撮影の下に、人々が左右、奥に展開する。
 主催者がメガホンで話し、人々は、口々に「そうだ!」とか合いの手を入れる。
 なかには電動車イスで来られた方が、人々の介助によって、そこにいる。また山谷のビラを持ったおじさんが、一瞬ぼくに伸ばした手を躊躇したが、こちらから手を伸ばすとビラをくれた。
 拡声器で議員が喋る、シュプレヒコールもある、沖縄のウチナンチュの方も喋る、あまり喋りが上手じゃない人も喋る、子どもさえ、喋ってコールする。
 こういった演出と、呼応する人々や組合旗、その他、オスプレイ反対のプラカードや、微細なところではリュックに付けられたNO NUKESのバッヂ。琉球の服と演奏で踊る人たちもいる。

 国会包囲が主催者によって呼びかけられると、国会前の通りを、始めは左に行けと言われ、次は右だと言われ、よく分からなくなる。
 「包囲」には、どこにまだ人が足りない、というアナウンスもあるが、自分はほぼ初めて国会前に来たので、憲政会館がどこにあるのか分からない。
 結局、霞ヶ関の方に戻ると、そこには目つきの険しい警視庁の腕章をつけた男達がちらほらいる。そして、移送車の前の制服の女性とデモ参加者のおばさんが、何か談笑していたりもする。
 
 何だかあんまり予定調和な気がして、新宿ど真ん中デモの参加したときのような少人数の高揚はない。1万人と発表されたが、議員の言っていた、「9999人、もっと!」と呼びかけた数字が大事なんだろうか?
 怨嗟の声は拡声器で遠くから伝えるものだろうか?
 
 初参加の国会前行動は、若者、女性、「高齢者」、中年者、障害者、カメラマン、テレビクルー、高橋哲哉さん、何でもあった。しかし、大概、警察の指示通り、ほとんど道に溢れることもなかったように思う。
 自分はデモ解散10分前に経産省前のテントを眺めながら、地下鉄で家路についた。

 一回、行っただけでは分からない、人々の思いも。後日、そう思った。
                                   
                                   (以上)

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