2012年7月23日月曜日

ムビラの聴き方 -パチシガレ・ムビラズと共に-



 ムビラの聴き方 -パチシガレ・ムビラズと共に-

 音楽の聴き方に特定の方法などあるはずもないのかもしれません。例えば、ラーメンをすすりながらクラシックを聴くことすらホールでなければ自由なのでしょう。けれども、ムビラは静と動、瞑想と踊りの音楽ではないか、という気がしています。

 ムビラは同じ旋律を繰り返しながら、少しづつそのヴァリアント(派生)を変えて行くことで展開し、それと共に静かに溜まっていった想念がホショー(マラカスのようなもの)の歯切れのいいサク裂音とともに、また拡散して行く、想念も動き始め無に近づく喜びがあります。
 最初はムビラの旋律に目を閉じ、身を委ね、体を流れに揺らし、心はなんとなくいろんなことを思います。
 少しづつ、音楽の流れに順応してくると、体を揺らし、手を叩き、立ち上がり、足踏みし、踊り始めますが、瞑想も自分にとっては大事なこと、例えば、家族や恋愛観や、友人のことなど多岐にわたって、自分が今考えたかったいろんなことに向かいます。
 これが正しいムビラの聴き方というのはないのでしょうが、主体的に心と身体で音楽と呼びかけ合う楽しさがムビラのライヴにはあります。

 パチシガレ・ムビラズのライヴは、トークと合わせ和やかな雰囲気と安定感が増し、エリカさんのいた頃と同じようにスミさんのトークも板についてきた気がします。
 激しいパーカッションのようにマサさんもスミさんもホショーをふるって踊り舞うとき、そこに精霊が降りてきているのかもしれません。
 今のこの激しさは、瞑想を呼ぶムビラの静かなメロディといいコントラストを為しています。
 またワカさんとふたごちゃんたちがいることも、音楽と共に生きることの和やかな時間を提供してくれますね。
 たしかにトンデライのムビラ演奏と歌声は圧巻なのですけど、バンドとして響き合う関係性、聴き手、踊り手、客体も一体となりながら、音楽と空間、時間を作っていく楽しさがあります。

 アフリカ大陸では、女将(店主!)のミホさんが率先して踊り方を示してくれますし、声を上げ口笛を吹いたり、場合によっては、その場にあったタイコを叩いたりしてもいい、何とも自由な空間です。
 ビールを飲んだり、他のアルコールでも、ノンアルコールでも、音楽の終わった後にのんびり旅の話なんかもできますし、一寸、ムビラを生活のなかに取り入れてはいかがでしょうか。
 ライヴのある毎月が懐かしさと新たなクリエイション、
 今日はこういう踊りができた、
 今日はタイコ叩けた、
 今度はもっと工夫しよう、と楽しくなります。

 それはほとんど距離のないステージや他のお客さんとの相互的な影響関係です。
 タイコのうまい人がいれば自分も叩いてみたくなる、
 静かに目を閉じている人がいれば、自分もじっと考え始める、
 みんなが同じ空間にいる心地よさ、それがムビラのある時間なのではないでしょうか。
 私は特に、ライター休業中、仕事探し中なので、そう思いますよ。
 以上です。

 あずま かずふみ



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